川北英隆のブログ

短絡的な論文

最近、日本人のファイナンス関係の論文を読んでいて気になることがある。それは、アメリカの先行研究を形式的に日本に適用し、結論を導こうという短絡的な姿勢である。何を分析したのか、論文の執筆者自身の理解が足りないことである。
とくに気になったのはM&A関係のイベントスタディーである。M&Aもしくは買収防衛策の公表日をイベント日として定義し、そのイベントの前後数日において、イベントの対象となった企業の株価推移(もう少し正確には市場平均に比べて相対的に株価が上がったのか下がったのか)を計測し、M&Aや買収防衛策が「対象企業の企業価値」に与えた影響を推定しようという分析である。
その結果、イベントの前後数日において対象企業の株価が相対的に上昇していれば、「企業価値が上昇した」、もしくは「企業価値が上昇すると評価された」と判断できるとしている。本当だろうか。
このようなイベントスタディーに基づく評価が正しいためには、イベントが発生した瞬間、投資家がM&Aや買収防衛策に関する情報を完全に入手し、それが企業価値に与える影響を正しく評価することが必要になる。投資家が合理的であり、情報を完全に入手でき、長期的な観点から企業経営を評価するという前提が必要だということでもある。
しかし、このような投資家は現実には存在しない。むしろ、多くの投資家は不完全な情報に基づき、短期的な視点に基づいて判断し、行動している。流行している行動ファイナンスも、投資家が合理的ではないとの前提に立っている。
私自身は行動ファイナンスの信奉者ではないが、投資家は合理的に行動するとはかぎらないと考えている。また、実際に投資家行動を分析したところ、多くの投資家は情報を短期的に評価しているにすぎないと結論している。さらには、情報の非対称性もいたるところに存在している。
このように考えると、M&A関係のイベントスタディーによって、それもたかだか数日の株価推移に基づいて、投資家の立場から企業価値が上昇したとかしないとかの評価を下せるはずがない。
イベントスタディーに意味がないとは言わない。ただ、そこから導ける結論は、「投資家がどのように反応したのか」、公表された事実を「好感した」のか「拒絶した」のかだけであり、企業価値とは直接の関係がないのである。

2009/07/19


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