1つはいつもながらの京の猫のこと。もう1つは、「きょうの猫村さん」ならぬ、今月の「私の履歴書」の有馬稲子に関すること。
いつものように荒神橋付近を歩いて大学に行った。季節がいいから遠回りしてでも歩きたい雰囲気である。荒神橋の写真に登場した白い猫が、自転車で通りかかったオジさんの相手をしていた。オジさんは写真も撮っていた。一瞬、猫好きの変わったオジさんがいると思ったが、あまり人のことをとやかくいえないことに気づいた。まあ、いずれにしろ、猫にとって一番いい季節だろう。
今日も出掛ける前に私の履歴書を読んでいた。有馬稲子なんて時代が少し違うのでよく知らなかったが、毎日読んでいると、ひょっとしてB型かなと思った。そういう雰囲気の個人の歴史が続いている。たまたま今日、思いだしたのでネットで検索したら、A型だった。血液型から人を判断するなんて非科学的との批判を浴びそうだが、私自身まあまあ信じている。科学的と自称している友人もそうらしい。血液型で差別をするわけでなし、遊びと思えば許してもらえるだろう。
実はA型はあまり得意でない。A型で付き合っている知り合いもたくさんいるし、山登りの大恩人もA型なのだが。得意でないのは、両親と妹がA型だからだと思ったりする。私だけが、(一瞬、できれば隠そうと思ったのだが、選択肢なしに)O型だ。この家族環境が災いしているのかもしれない。このため、A型からはいつも教育的指導を受けているように感じてしまう。逆に、教育的指導を受けたりすると、その相手をA型だなと思ってしまう。
話が横道に逸れたが、まあA型もいろいろなのだろう。時代と女優という環境が、A型を少しだけ型破りにしているのかもしれない。
2010/04/19