野村の実質的創立者である野村徳七(2代目)が建てた野村別邸碧雲荘を見学させてもらった。南禅寺の寺領地が廃仏毀釈で国に没収され、後に払い下げられた時、それを野村徳七が敷地として手に入れた。
南禅寺の近くに企業や著名人の別邸がいくつもあるのは、当時の名残である。その中で、碧雲荘は群を抜いている。残念ながら、やはり群を抜いて広いと思える何有荘(かいうそう)には、公開されている時代に(といってもごく最近のことで、高い料金を払うと入れたが、何となくインチキ臭かったので)入らなかったから、比較できないが。
その碧雲荘の建物は6000坪の庭園の中にある。庭園は近代の庭園師、小川治兵衛が野村徳七のために作ったとのことである。近くにも小川治兵衛の庭が多い。小川治兵衛の特徴は、庭に水の流れを引く、石を寝かす、芝生を取り入れることだそうだ。
庭園の西門の横にハナショウブがあるものの、庭に入ると桜は2本だけ、藤棚が1つなど、花が少なく、赤松が目立つ。東山、永観堂の多宝塔、南禅寺の山門が借景となっているから、花は余計なのだろう。
庭の真ん中に疎水の水を流し込んだ大きな池があり、舟の茶室(舟茶室)が浮かんでいる。中秋の名月には池の向こうの東山から月が昇るとのこと。庭木は、その借景を保つため、常に手入れされているらしい。今日も3人、手入れの人を見かけた。庭木を切り過ぎると近くの民家が見えるし、伸ばしすぎると微妙に顔を見せている寺院が隠れてしまう。
今日の市内は暑かったが、庭園には心地よい風が通っていた。水が多いのでトンボも飛んでいる。ホタルもいるそうだ。庭園の浅い流れの中に半夏生(はんげしょう)が丸く囲われて植わっている。「昭和3年に碧雲荘が完成・・・その年の秋、久邇宮邦彦殿下(以下)が滞在された」建物(大書院)の廊下から半夏生が、まるで水に浮かんだ月のように見える。さすが、贅と趣向を凝らしてある。
残念ながら、写真は版権の問題があるのでアップしないほうが良さそうだ。カメラを持っていると、「人物を入れた写真だけにしてください」とも言われたので。http://hekiunsou.jp/を参考に。半夏生の写真はないが。
2011/06/27