関西も節電が強いられつつある。それへの対応だが、東京ほど律義ではないようだ。始まったばかりなので確たることは言えないものの、関西のビルの玄関は明るい。駅も明るい。気質の差なのか。
そもそも、関西人にとって、節電と言われてもピンとこない。地震の直接の被害を受けたわけでもないし、東北の知り合いも多くない。被害に対して「大変やなあ」という気持ちは十分あるが、それと節電とは直接的な関係がない。東電の福島原発のように発電設備が直接被害を受けたわけでもないのに、「何でやねん」と思ってしまう。前にも書いたように、将来の電力供給に対して明確な見通しを示さない政府に対する反発も非常に大きい。だから、「節電して何のええことがあるんや」となってしまう。
いずれにしても政府の節電要請は稚拙すぎる。今年の夏だけなのか、冬は、来年は。いつまで耐えればいいのか、それを明確に示さないことには納得いかない。
その点、東京人は従順というか、大人しい。人間ができているのかもしれない。
それで思うのは、歩くことしか知らない者にとって、東京の車が非常に横柄なことだ。大阪は知らないが、京都では横断歩道を渡ると、タクシーでさえ(多くは)、すぐに、きちんと止まってくれる。これも前に書いたが、気をつけないといけないのはゴミ収集車と郵便の赤い車だけだ。
それに対して東京は、ほとんどすべての車が、横断歩道を渡っている者に対してじりじりと前進し、圧力をかけてくる。「早く渡らんかい」というところだ。東京人なら、そんな車に対してすぐに「先に行って」と譲るのか、「ごめんなさい」と足を速めるのだろう。今日なんか、こっちのほうが先に横断歩道に入ったのに、曲がってきた車が先に渡ろうとしてきた。こっちが京都の感覚で、でも運転手の目つきを観察しながら、そのまま歩くと、急ブレーキをかけた。大阪人なら「どアホ」と怒鳴るとこだが、こっちは奥ゆかしい奈良人なので目を見開いて睨んだだけですませたが。
強い者に巻かれないのが関西の気質だ。そんな「たくましい」気質を持った地域の地位の低下が、日本の地位の低下につながっているように思えてならない。でも、いつかは東京で車にひかれるかな。
2011/07/21