日本社会が変質しつつあるようだ。かつても肉食系ではなかったが、最も多様で生存力のある雑食系だった。それがいつの間にか草食系になった。そのうち特定の軟い草しか食べないのではと思える。
食べ物に喩えると、清濁合わせて食べる社会から、清いものしか食べない縮小へと向かっている。本当に清いものなら何も言うことはないのだが、上辺だけ清いのかもしれない。
オリンパスの事件に関連して、かつて10%の株式を保有していた日本生命が保有比率を半分近くにまで縮小した。それに対して筒井君(社長)が、「保険契約者の利益の観点から、8%超えの保有比率はリスクが大きすぎると判断した・・・オリンパスは高度な技術力を持ち公共性も高い企業・・・しっかり支えていくのが基本的なスタンスだ」と述べという(毎日新聞)。今日、この筒井発言の少し前、大量保有報告書から日本生命の株式売却が判明したから、そのことについて記者と話をしていた。「株式の保持を続けるか、すべて売却するかのどちらかが正しく、半分だけ売るのは中途半端」とコメントした。要するに、本当は関係を維持していきたいのだが、アリバイ作りのために半分売ったのではないかと思う。まあ、何のリスクかはともかく、リスク回避行動であることは確かだろう。
これに類する行動は、日本のほとんどの企業に見られる。リスクを取らず、むしろすべてのリスクを避けるのである。圧倒的地位にあるのでリスクをとらないのならまだしも、海外勢から攻められっぱなしなのにリスクを取らない。いわば籠城作戦である。
その一環として、雇用を縮小し、賃金をカットする。でも、それによって国内の購買力が縮小し、やがて安いものしか売れなくなり、デフレとなり、さらに売れる量も縮小する。天に唾するとはこのことだろう。
現金をしこたま持っているのだが、それを使わない。その現金保有が国債の買い支えに使用され、さらに資金が国内に滞留するから円高となる。その円高が輸出の不振をもたらし、為替差損を生じさせ、企業の利益を圧迫する。
年金もリスクを回避するためにTOPIXを模倣した投資に注力する。日本株全体と足並み揃えて価格下落しても、市場が悪いと開き直れるから。そのおかげで駄目企業が生きながらえ、ゾンビとなり、活力ある企業の足を引っ張り、その企業の株価を引き下げる。
そんな社会構図を作り出していないのか。現在の日本企業は、グローバルな観点からすると、圧倒的地位を有していない。もちろん重箱の隅をほじくれば優れた企業がいくつもある。しかし、そんな矮小な事実で自己満足すべきではないだろう。このまま籠城を続けても、近い将来は落城である。
勝算のあるリスクを取るべき時が来ている。幸い円が高い。十分に戦略を練り、海外に進出するチャンスがすぐそこにある。
2011/11/18