増資を決定した企業の株式に大量の売り浴びせが生じ、株価が大幅に下落したことが社会問題となった。さらに、この売り浴びせに増資に関するインサイダー取引が加わり、問題が増幅した。
そもそも増資(新株の発行を伴う資金調達)は「株式の売り」なのか。答えは、「市場関係者は、増資は売りだと考えている」というもので、回りくどい言い方になる。
この答えからすると、増資を公表した企業の株式が売られるのは当然のことである。そうだとすれば、増資の情報を事前に知りたいと思うのは、本能と言える。もちろん理性の観点からすれば、インサイダー情報に基づく取引は不公平(えらくずっこい)わけだから、本能に従うのは禁じ手である。
何故、増資は売りなのか。この結論のベースには、投資家の立場から得られる次の推論がある。推論の1つは、「経営者が合理的に行動しているのなら、自分が経営している企業を投資家に高く評価させ、売り込もうとするに違いない」ということである。もう1つは、「企業経営に関連する情報は経営者が一番良く知っている、少なくとも投資家よりもよく知っている」ということである。また、増資をする(すなわち新株を発行する)ことは、企業として、その企業の株式を売ることに等しいことも念頭に置く必要がある。
この2つの推論に基づいて、増資とは何かを考えてみよう。経営者が合理的であるのなら、自社の株式をなるべく高く売ろう、増資をしようと考えるはずである。ということは、増資という経営方針は、「現在の株価は(企業経営の現状との比較において)高値圏にある」と経営者が結論を下したことを示唆している。投資家よりも豊富な情報を持っている経営者が以上のように結論したのであれば、投資家としても「現在の株価は高値圏にある」と考えていい。つまり、「増資を決めた企業の株式は売り」である。
日本の経営者はナイーブであり、投資家に「増資は売り」だと推論されることを、よく理解していないのだろう。僕としては、無邪気に増資をしたか、止むに止まれず増資をしたかのどちらかが真意だと思っている。とはいえ、前者であれば経営者として勉強不足であり、そんな経営者に企業を委ねることに疑問符が付き、結論は「売り」となる。後者であれば、推論する必要もなく、やはり「売り」である。
経営者にとって、知らないことは非常に危険である。投資家にとって、インサイダー情報を知ることが危険であるのと、ほぼ同様に。
2012/06/13