国際会計基準の疑問点として、2つ目には長期の資産や債務の評価がある。神の子でない人間にとって、将来のことを見通し、それに基づいて評価し、行動指針とするなんて、夢物語だろう。
しかし、国際会計基準は、将来のことを見通そうとしてきた。とくに、長期債務を時価評価しようと試みてきた。
その試みの中には、「難しいけど仕方ないかな」という項目があるのも事実だ。資産除却債務(これって何やと思う場合は調べてほしいが、原発施設の将来の廃棄費用を指摘しておこう)が典型例だろう。
その一方で、長期債務に関し、既に決まった会計基準自身が揺れているのも事実だ。
昨日(7/13)の日経朝刊の7面に、「米年金 企業負担を軽減」との見出しがあった。アメリカにおいて低金利化が進行しているため、企業が将来支払うべき年金債務の会計的な評価額が増大している。年金支払のため積み立ててある資金の運用益が、低金利によって多くを見込めなくなったと考えればいい。このため、将来支払うべき年金債務の評価に用いる割引率(投資収益率)を、法的措置により、「過去2年の平均」から「過去25年の平均」に改めたとのこと。では、どちらが望ましいのか。
神の子でないから、判定不可能だ。25年後、世の中がどのように変化しているのか誰にもわからない。また、多分だが、25年という年数は、年金債務の平均残存年数だろう(平均的に25年後に年金支払が生じると計算できるのだろう)から、理屈に合っているとも言える。もちろん、過去2年から25年に年数を延ばすことで、年金債務が軽くなるから、債務隠しだと言えば、それもそうなのだが。
保険にしろ年金債務にしろ、長期の負債の評価をどうすればいいのかは誰にもわからない。それをあえて、「今の情報」だけで評価しようとすることに無理がある。少し前に大いに流行った用語を使うと、「今の情報」だけで評価すればプロシクリカル(procyclical)性を高めてしまう。
たとえば、景気が悪いので金融緩和が実施され、金利が低下したとしよう。その低金利を受け、年金債務の評価額が大きくなり、企業の利益が縮小する。企業の利益が縮小すれば株式が売られ、信用不安から社債も売られ、市場が混乱して景気がさらに悪くなる。すると、もう一段の金融緩和と低金利が要請されという循環である。景気が良くなれば逆の循環が生じる。
つまり、負債評価に関し、国際会計基準は景気循環の自己増殖を促す。これは何も負債に限ったことではなく、資産の時価評価にも生じる。この点、資産の時価評価は市場時価を用いることが多いので、市場時価が公正価値なのかどうかの議論に発展するのだが。もう一言加えると、リーマンショック時の市場の混乱に対し、当時の市場時価は公正価値ではないとの判断が下され、一時的に資産の時価評価の停止が可能となった。
神の子でない人間として、国際会計基準の理想のあくなき追求は、ある意味不遜である。このことを会計基準の設定者はよく理解しておかなければならない。ほどほどで止めないといけないということだ。
2012/07/14