年に2回くらいの頻度だろうか、金融関係の仕事をしてきた5人の会合がある。僕を除き、他の4人は個人経営を含めて組織トップの経験がある。都心で集まるから、さしずめ「ビル林」のというところか。
これまで、大々的に会合するのはあまりよろしくない1人がいたので個室のある店を使っていたが、今回は晴れてオープンだった。これまでもオープンで別に悪くはなかったのだろうが、マスコミ的には非難中傷の的となりかねないとの配慮だ。その特別な1人を含め、費用は完全な割り勘としている。
それはともかく、今回の議論で記憶にある1つが、公的年金の資産運用である。現在、公的年金の運用をどうするのか議論されている。このメイン・ターゲットが年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)である。120兆円の資産を運用している。
その資産運用をどうすればいいのか。専門性が十分なのかという批判もあるが、そもそもは運用対象の批判だろう。結論は、現在の運用が中途半端ということに尽きる。
運用対象に関しては2つの方向がある。
1つの方向は、公的年金のスポンサーが国であることから来る。別の表現を用いると、国が潰れれば公的年金も崩壊するものの、そうではなく国が繁栄すれば公的年金も安泰なのだから(公的年金とは、そもそも国を信頼することから始まったのだから)、将来も国を完全に信頼し、私募的国債で運用しているアメリカを真似て、120兆円を国債で運用することである。これなら、機械的な運用ですむので、人手も何もいらず、究極の低コストでやれる。現在のGPIFは低コストでの運用を至上命題としているから、完全に国債で運用すれば、命題が簡単に達成され、目出度し目出度しだ。それに、現在の日本国はいずれにしてもどこからか資金を借りないといけないわけだから、公的年金から借りたとしても何の問題も生じない。
もう1つの方向は、上の議論と逆だが、年金制度のリスク(すなわち制度の改悪のリスク)が日本国そのものにあり、その国の債務である国債で運用することは「リスクの集中」に他ならないとの理屈から来る。このリスクを避けるには、国債を資産運用対象から極力除外し、海外資産を含めた分散投資を究極の水準にまで高めることである。ノルウェー方式と言える。
9/27の日経にあったが、国の有識者会議はGPIFの組織や資産運用に関する議論の中間報告をまとめた。そこでは、GPIFの専門性を高め、組織を高度化し(専門性を高め)、資産運用対象の拡大と、国債での運用比率の低下を示唆したとされる。
この議論は正しい方向を向いてはいるものの、やはり既存のGPIFに引っ張られてしまっている。同じ日のブルームバーグのニュースは、「国債を大きく売るようなことはない」と有識者会議の結果をなめた市場関係者のコメントを掲載している。この程度の(なめられるような)有識者の議論では、公的年金の運用に大きな、良い方向への改革をもたらしえないだろう。
2013/09/28