旧聞に属すが、11/1の日経・経済教室に「賃金上昇の条件・下」として「生産性向上のみでは困難」、「国内産業集積が重要」との深尾京司氏の論文が載っていた。それに対する疑問である。
深尾氏の論点はいつも参考になり、教えられるところが多い。この経済教室の論点も、多くの点で同感である。
2000年以降、消費者物価の変動を除去した実質賃金が停滞しているとし、その要因について、日本の交易条件の悪化、すなわち輸入価格に対して輸出価格が相対的に低下(下落)していることが大きいとしている。これは正しいだろう。また、労働分配率が2000年から11年にかけて低下しているわけではない(わずかに低下している程度)としているのも支持できる。この労働分配率の状況からして、賃金を単純に引き上げるのは困難だと結論しているのも、その通りである。
問題は、今後どうすれば賃金が上がるのかについて、交易条件の悪化を食い止めることが必要であり、このために「生産の海外移転の抑制が重要であろう」としている点である。論理の飛躍があると考える。
交易条件の悪化は、一次産品の価格上昇と、日本からの輸出品の相対的な価格下落によってもたらされている。この経済教室では、ドイツでも同様の減少が生じているが、日本はその速度の倍近いとする。ここに1つのヒントがあるだろう。考えないといけないのは、日本の輸出品の価格下落が大きい要因である。
生産の海外移転は、交易条件が悪化した結果ではないのだろうか。ドイツの場合、EU域内での相対的な優位性がある。ユーロの価値下落の恩恵も受けた。しかし、製品そのものの競争力も高かったのではないのか。一方の日本は、製品の競争力を急速に失っている。テレビ、パソコン、液晶、メモリーなどが象徴である。円高のせいもあるかもしれないが、リーマンショック以前の円安の時代にも、競争力の劣化と利益率の低下が進んでいた。
交易条件の悪化を食い止めるには、製品やサービスでの革新が求められる。グーグル、アップル、アマゾンのような企業の台頭である。企業の奮闘努力であり、リスクを恐れないスタンスである。サラリーマン経営には難しいかもしれないが。
深尾氏は、日本と世界との関係を、大阪や愛知と日本全体との関係にたとえている。大阪や愛知が府県外への生産移転を進めたとしたら、それは正気ではないとする。しかし大阪の場合、そんな狂気の政策を打ち出さなかったにもかかわらず、繊維が斜陽化し、家電も競争力を失った。そんな斜陽化に直面した産業をとっとと府外に追い出し、新しい産業を誘致する政策もあったのではと思える。斜陽化が現実のものとなるのを待って動き出したのでは遅い。むしろ先手を打った府外への生産移転と、それによる危機感の醸成を正気ではないと断定するのは正しくない。
2013/11/17