今日、某所で、19時30分からの某国営放送の特集番組を見てしまった。祇園祭のドキュメントであり、その山や鉾の飾り(垂れ幕)が江戸の鎖国時代に海外から輸入されたとの解明番組だった。
祇園祭の山鉾巡行を見物して思うのは、その飾りが洋風なことである。しかし、その由来は知らなかった。今日の放送は、その品々が、世界的に希少価値が高い物だと報じていた。江戸時代の京都の財力を象徴している。
印象に残ったのはそれだけでない。昨日のブログにアップした写真のように、お金持ちは(今の資産力はいざ知らず)、その富の一端を世間に知らしめたのである。見栄なのか、社会貢献なのかは分からない。しかし、飾られたそれらの芸術品を写生し、成功した絵画家がいるのも事実であるから、結果として社会に貢献したといえる。
山や鉾は、その芸術作品の移動展示場だった。当時の京都という、文化の集積する場を、さらに高みへと発展させたのは想像に難くない。それも、既存の文化だけではなく、流行のもの、異文化から得たものを展示していたのだから、最先端だったわけだ。ちなみに、現在の祇園祭の「過去の文化の展示」とは大きな距離がある。
以上のことを思ったのは、ちょうど今、京都企業の逞しさがどこにあるのかを考えているからである。正直なところ、まだよく分からない。もう少し考えたところで判明するものではない。しかし、京都の進取的な気質、それを誇る気質が大きな影響を与えているのは確かだろう。たとえば、京都がコーヒーの文化であるなんて、実際に京都に来なければ理解できない。
と書いていたら、後祭の日和神楽がマンションの下を通った。写真がそれである。今日は宵山だから。
2014/07/23