という主旨の記事を週間金融財政事情に書いておいた。その心はというと、公的年金が本当に支払われるのかどうか、支払われたとしても条件が非常に悪くなっている可能性が高いことにある。
詳細は8/18付の週間金融財政事情の公的年金特集を読んでほしいものの、論点は次のとおり。
1つは、年金財政の検証(公的年金制度が安泰なのかどうかの試算)が楽観的すぎることにある。安倍政権による成長戦略、物価上昇戦略が成功することを主たる筋書きとして試算がなされている。
この点に関して、年金財政検証を行うための経済前提を議論する委員会でいくつかの指摘があったものの、事務局は大きな見直しを行わなかった。怒った委員もいたが、僕は「この試算は、成長戦略の成功(安倍政権は経済再生ケースと呼んでいる)を前提としているのやね」と確認しておいた。ここさえ抑えておけば、財政検証の結果をどう読むのかは、こっちの勝手であるから。
2つに、成長戦略の成功という非常に明るい前提に基づいているにもかかわらず、試算結果によると、現役時代に得ていた所得の50%を公的年金でもらえるようにするとの「100年安心」のプランが崩れかけている。公的年金の現実の姿はもっと厳しいと考えておくべきだろう。6/20に書いたように、「公的年金は100年の不作」かもしれない。とすれば、まだ傷が浅いうちに(すでに十分深い?)、年金制度の抜本見直しが望ましい。
そこで3つ目の論点というか、僕の提言である。この点はすでに6/20に書いたものの、少しだけ再論しておきたい。
公的年金のうちの基礎年金は、国民福祉のため、税金で維持し、必要最小限の年金支払いとする。強制である。税で賄うから、積立金があったとしても、それは税を前払いしてもらったに等しいから、国債で運用する。アメリカの公的年金がこの制度に近い。
一方、公的年金のうち、報酬比例部分(基礎年金に、個々人の稼ぎに応じて上載せられる部分)は現在のような確定給付(一定額の年金が保証されている制度)をやめ、確定拠出(年金額は運用実績に基づいて決められるという、積立型の投資信託のような制度)にするとの案である。加入は任意である。企業年金でこの確定拠出年金が広がっているから、馴染みが深くなっていると思う。また、確定拠出なので、積立金をどのように運用するのかは個々人の自由というか、自分で決めることになる。
こうすると現在のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は不要となる。役割が残るとすれば、公的年金のための投資信託の設定に関与し、その運用を監視することだろうか。最後の論点は6/20から少し変えている。
それはともかく、GPIFの将来は、かつての住宅金融公庫に近い。住宅金融公庫は住宅ローンの提供業務から原則として撤退し、民間金融機関が住宅ローンを提供しやすくするような活動(住宅ローンの証券化業務)を主要な業務とするようになった。
住宅金融公庫の轍をたどるのがいいのかどうかはともかく、GPIFは資産運用の第一線から退くのがいいだろう。国が公的年金の一から十まで、こと細かく取り仕切るのは夢物語だと思う。
2014/08/18