2回にわたり、株式の配当のことをごちゃごちゃ書いた。それで、「何のこっちゃ」との質問があろう。そう思えたので、まとめておきたい。「配当だけで喜ぶのは単純すぎる」と結論できる。
配当と成長は裏腹の関係にある。成長する企業であれば、配当は少なくてもかまわない。成長しないのなら、利益を仕舞い込まれて古漬けにされては困る。とっとと配当すべきである。単純に結論すれば、このようなことだろう。
また、成長について単年度で考えてはいけない。将来の成長投資に備え、数年間、金庫に現金を眠らせることだってありうる。現金を古漬けにしてしまうだけなのか、いざという場合の切り札にするのか、この点に関する評価は、経営者の日頃の言動を観察するしかない。
もっとも日本の場合、成長力にかかわらず、利益を仕舞い込む企業が多かったから話が少しややこしくなっている。つまり、配当が流行になると、新聞紙上で配当する企業がすべて良い企業だという風潮が生み出されてしまった。
本当は、配当する企業が正義(株式市場)の味方であり、配当しない企業が悪の手先というわけでない。現在、グーグルは無配である。かつて、アップルもマイクロソフトも無配だった。いずれも多額の利益を出しているのに、である。
株式に投資する場合、ステレオタイプに企業を評価してはいけない。日本市場だけを見てはいけない。とくに、バレンタインデーではないが(僻みかな)、何か流行ると、それに乗ろうとハウツー本が登場する。そんな本を買って、「そうだ」(ここだけ東京弁であることに注意)と思うのは愚の骨頂である。
以上、株式の配当に関するまとめである。
2015/02/13