ようやく相続税の問題が片付く。今日は奈良市内の税理士と司法書士の事務所を訪ね、最後のお願いを(選挙みたいだが、もっと真摯に)してきた。いい機会だというので市内を歩いたわけだ。
ついでに書くと相続税の申告はなかなか大変である。役所のルールが、税務署と法務局とでは異なる。いろんな公的書類が(戸籍、原戸籍、住民票、印鑑証明等が)システム的にできていないから、駆けずり回らないといけない。今回の母親の件では、この役所対応まで終わった。残るは、金融機関を訪れての解約や名義書換の手続きである。
普通のサラリーマンをしていて相続人が多いとなると、「やってられんわ」となる。司法書士もしくは税理士に、ほぼ完全に任せないといけないだろう。となるとお金もかかってくる。大学教員という、いろいろ文句を言っているものの、まだ多少は裁量で時間の作れる職業だから、かなりの部分は自分でやれたわけだ。
それで肝心の奈良市内である。余裕を持ってスケジューリングしてあったので、ゆっくりと観光気分で歩いた。と、奈良にはやたらと墨屋が目立つ。もう1つは奈良漬だろうか。
実のところ、奈良市内は中学から高校までの6年間、国鉄奈良駅(市内の真ん中西寄り)から学校(市内の南東の外れ)までほぼ毎日歩いていた。市内循環バスはあったものの、バスに酔うので(15年位前までアルコールではなかなか酔わなかったのに)、通学を初めてすぐに歩きに代えた。30分くらいだったか。
だから奈良の旧市内は狭い道までよく知っていたはずである。最近そうではないが、昔は夢によく出てきた。それが今日歩いたところ、忘却のかなただった。もちろん所々「ああそうやった」と思うのだが、新しく真っ直ぐな道ができていたりして、記憶が途切れる。
元興寺なんて寺はあったのかなかった、その程度だった。同じく国宝となっている十輪院には同級生がいたと思う。普通の(たとえば両親の実家がある村の)寺みたいだった。そんなに有名だと知っていたら案内してもらうのだった。
司法書士事務所に近かったので、かつて通った中高の横を通ってみた。すっかり変わっていて、正門も移動していた。最後に訪れたのは、2回目の大学入試用に卒業だったかの証明書をもらう時、つまり46年も前だったと思う。「そら変わるやろ」というものだ。
表面的に変わらないのは奈良公園の鹿か。この季節、角を切られた雄鹿がいる。一頭、民家が密集する入口付近にゆったりと座っているのがいた。呼んでやると、「うるさいな」「呼んでやるなんてとんでもない言い方や」「呼ぶな」という風に横目で睨む。まあ、鹿はそもそも普段から横目に近いのだが。
大きな民家の玄関には、「扉を開けると必ず閉めてください、鹿が入りますので」と張り紙してあったりする。これが、京都と違って寂れたような、それでいて温かいような、奈良の良さなのだろうが。
2015/11/26