日銀が市場に与えたサプライズ、すなわち日銀当座預金に対するマイナス金利政策を打ち出した当日は台北にいた。正確には空の上だった。依頼されている記事に、マイナス金利を書かないと仕方ないので、台北で書いた。
すでに原稿は公表されているだろうから、その要旨を示しておき、ついでに余計なことも書いておく。
マイナス金利の導入が決定される少し前、複数の市場関係者と意見交換したところ、主流意見は、「追加緩和をするとして、手段が残されているのか」「これまでの手段を踏襲なら、ほとんど効果がない」「欧州が採用しているマイナス金利政策は残された唯一の切り札であるものの、今は導入のタイミングではない」というものだった。マイナス金利を導入すべきでない理由は、主に「中国発に近い市場の混乱は長引くだろう」ことにある。
日銀が市場関係者の大方の観測に反してゼロ金利政策を導入した背景には相当の焦りがあるだろう。昨年12月に日銀は、「設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業に対するサポート」のため、そのような企業を組み込んだETF購入枠を新たに年間約3,000 億円設定した。この政策の評判はすこぶる悪い。つまり、政策のメガネにかなうような企業の経営は不冴えであるため、投資資金を毀損しかねず、正しい株式投資ではないと。
現在の安倍内閣の政策は、国内で設備投資を行い、国内の賃金を上げる企業を支援することにある。一方、企業の視線は、海外企業に対する積極的なM&Aに象徴されるように、国内に注がれていない。石油業界、スーパー、鉄鋼業界では、逆に国内の設備を削減しようとしている。高齢化と人口減少の日本国内では、賃上げはともかくとして、設備投資を積極的に行う企業は数少ないと考えるのが普通である。
以上からすると、昨年12月に決定された日銀の新たなETF購入政策は、安倍内閣の政策を単純に援護射撃するものでしかなく、合理性がない。この金融政策を評して、「日銀が政府の走狗となった」「金融政策は手詰まりに陥った」とされるのも無理ないだろう。
今回のゼロ金利政策は、昨年12月のETF購入政策と比べれば極めて正当である。とはいえ、資金需要のない中で準備預金にマイナス金利を導入する意味がどこにあるのか。銀行としても無理やり資金を貸し出せない。また、年始以来続いている市場の混乱の要因は日本国内とは別の場所、多くは中国にある。このように考えれば、金融政策決定会合で9票のち4票の反対があったのは、会合を構成するメンバーの良識を表しているようにも思えてくる。眠っているように見えていたが、実は日光東照宮の眠り猫よろしく、ちょろちょろ走り回るネズミの番をしようとしていたのかもしれない。
日銀は果たして眠り猫なのか、それとも走狗なのか。それが解き明かされるタイミングはゆっくりと近づいているような。
2016/02/02