日銀のマイナス金利政策が思わぬ波紋を呼んでいる。「思わぬ」は言いすぎかもしれないものの、現在の働きに対して勤務規定上約束している将来の退職金や年金をどうするのか、大問題である。会計の問題であり、制度の問題である。
たとえば、今年のAさんの働きに対し、110万円の退職金を10年の退職時に支払うことを約束していたとする。金利が1%だとすると、現時点で100万円積んでおけば、1年間で1万円、10年間で10万円の金利が得られるので、ちょうど110万円になる(説明が面倒なので複利計算はしていない)。そこで会計上は100万円の負債(Aさんに対する借金)を計上する。これが今までの会計だった。
金利がゼロになれば、10年後の110万円は現時点で110万円である。だから110万円の負債を計上すればいい。
しかし、金利がマイナスになればどうするのか。これまで会計はマイナス金利を想定していなかった。そこで企業会計基準委員会なる中立的な委員会が議論し(かつて、この委員を務めたことがあるが)、マイナス金利を適用してもいいとしたそうだ(3/9の日経新聞のニュース)。実際、この措置を適用する企業が出てきている。
以上は、流通市場での国債金利が13年後以降に満期を迎えるものでないかぎり、すべてマイナス金利になったことを受けた措置である。
つまり、少し計算が面倒になるが、10年後の110万円の退職金は、金利がマイナス1%であれば、現時点の積立金が1%ずつ目減りするので、122.2万円を積み立てないといけない。検算しておくと、毎年122.2万円の1%、1.22万円ずつ目減りするので、10年間で目減り分は12.2万円に達し、積立金は10年後に110万円になってしまう。
計算上は以上のとおりで辻褄が合う。しかし、変ではないか。
Aさんにしてみれば、「将来の退職金や年金を勝手にマイナス金利で運用なんかすんなや」と文句を言いたいはずだ。今すぐ現金でもらえれば、それを銀行預金にした方がいい。預金金利が限りなくゼロであったとしても、122.2万円は10年後も122.2万円である。今の制度での10年後の退職金と比べ、12.2万円の得である。
もしくは、企業側が国債での運用をせず、銀行に預金しておけばいいかもしれない。しかし現在、銀行は暗に企業の新たな預金を断っているそうだ。新たに預金が増えれば、銀行がそれを日銀に預けた場合、日銀に金利を支払わないといけなくなるから、銀行は大損する。
ということで、Aさんからすると、退職金や企業年金制度を廃止してもらい、今年の分はもちろん、従来から積み立てられていた分も、今すぐ現金でもらうのが嬉しい。
企業とすれば、マイナス金利下での退職金や企業年金制度をどうするのか、会計上の問題だけに矮小化することなく、まじめに考えるべき段階にある。言わずもがなながら、従業員の取り分を実質的に減らすことなく、制度をどう変えるかの検討である。税制も考慮しなければならない。
2016/05/22