昨日もそうだったし、今日もそうなのが、7時前に西の空を見ると、月が西に沈もうとしていた。東の空は明るくなっている。ネットで調べると、今日の朝7時の月齢は14.912とあるから99%満月である。
そこで思ったことがある。満月の日、月が西に沈むと日が東から昇ってくるのは当然として、満月がよく見える(つまり輝いている)ためには、少なくとも日が昇る前(つまり日の出の前)でないといけない。
ちなみに、今日12日の京都の日の出は6時46分、日の入りは17時37分。月の出は18時57分、月の入りは7時21分とある。日本のほとんどの地域がそうだが、山があるため、体感できる日の出は暦で計算されているよりも遅い。
以上を考え合わせると、昨日や今日は「月(満月)は西に日は東に」となり、7時前、(日の出6時46分、月の入り7時21分だから)、まだ山の端から太陽が出て来ない時に、満月が輝きを失わず西のかなり低い位置にあったことになる。
そこで、次の疑問である。有名な与謝蕪村の俳句、「菜の花や月は東に日は西に」が詠まれたのが春の満月の日の夕方なのは当然として、花が菜の花でないといけないのか。夏のアサガオやヒマワリ、秋のススキやコスモスではダメなのか。菜の花の黄色と春のもやんとした感じが、月や太陽の黄色から橙色にマッチしていることは別問題としておく。
たとえば今年8月の満月は8月7日頃である。その日の月の出は18時34分、日の入りは18時54分とある。月が出た時、まだ太陽は沈んでいなくて空は明るい。となると、月は目立たない。
7月9日も満月、月の出は19時10分、日の入りは19時14分である。ほぼ状況は同じである。
春は、4月12日が満月、月の出が19時22分、日の入りは18時27分である。予想外にタイミングがずれている。空が夕焼けになる頃、まだ月はでていないのではないか。満月の少し前の状態(今年4月11日の月の出は18時26分)を蕪村は見たのかもしれない。
ということで、最初の思いつきとは少し別の結論になりつつある。
満月といっても、月の出の時に正確に月齢が15.0になるわけでもない。とすれば、月の大きさの多少の誤差は大目に見て、18時前後に日没を迎える3月から4月初旬、9月から10月初旬が「月は東に日は西に」にふさわしい季節のようだ。日没時、大きな月の出を見た蕪村が、景色をアレンジして俳句にしたのだろう。
注:以上を頭に入れて調べると、この句が詠まれたのは安永3年(1774年)3月23日、太陽暦では5月3日で、当日、「月は東に日は西に」は生じなかったとのこと。実際は、その10日前後くらい前に生じていたらしい。即興的に詠んだものではないわけだ。
2017/02/12