安倍内閣の旗印の1つが規制緩和である。残存している規制を撤廃し、経済の活力を取り戻そうという。心意気や良しというところだが、規制の本質を理解していないと思える。
すべての規制が悪いわけでない。これは憲法を頂点とする法律をイメージすれば明らかである。規制がなければ、悪いこと、ずっこいことをして儲けよう、楽をしようとの輩が続出してしまう。
法律を主とする規制は必ず必要である。問題は、その規制が古びていないかどうかである。それを政府が絶えずチェックし、問題があれば規制をリニューアルしなければならない。族議員の有無に関わらない。リニューアルを怠れば、それは政府の怠慢である。
7/28に述べた電気自動車への流れは、世界の潮流であり、その大きな背景として、自動車1台1台が内燃機関を持つよりも、自動車のために使いやすいエネルギーの製造装置をどこかで集中的に設置した方が望ましいとの発想である。その装置とは発電所であるかもしれないし、水素製造装置かもしれない。そこで製造されたエネルギーを、自動車の動力として利用するための技術が急速に発展してきた。
先に書いたように、日本政府はこの流れを無視し、むしろ逆らおうとしてきた。今日の日経新聞のサイエンス面の記事は驚愕である。むしろ政府が音頭を取り、自動車の内燃機関の効率を上げようとしてきたと書いてある。
今の内燃機関の効率は相当高い。それをさらに高めようというのだから、この努力は並大抵でない。学力試験の点数を50点から60点に上げるのはさほど難しくない。しかし、80点から90点は大変である。内燃機関に関して、そんな、それも世界の潮流に逆らった努力をするくらいなら、もっと他の努力をすべきではなかったか。
日本政府が怠ったのは、産業の進むべき道を正しく示すため、新たな規制を作ることだった。具体的には自動車の排ガス規制である。究極的には、電気自動車の導入促進である。
規制緩和は耳に心地良い。新たな規制導入には批判が付きものとなる。しかし、経済行動を野放しにするわけにはいかない。先進各国の自動車の排ガス規制に対する動きを見るにつけ、ほとんど動きがなかったのは日本だけという実態は、政府の怠慢か無知かだと思えて仕方ない。
2017/07/30