週刊金融財政事情1月27日号に「株式市場の活力回復に向け漸進あるのみ」を寄稿した。「前進」ではなく「漸進」である。クロネコや男子トイレの「一歩前へ」でもない。
金融審議会「市場構造専門グループ」は株式流通市場の改革を図るべく議論を重ね、昨年12月に報告書を出した。東京証券取引所での議論を引き継ぐ形だったから、実質的に1年少しかかっている。その間、議論に関する情報を不適切に漏らしたとして市場の識者が処罰されるという、不幸な犠牲も出している。
報告書において関係者(投資家と上場企業)が注目していたのは、2000社以上ある東証1部企業がどうなるのかだ。東証1部が「プライム市場」に衣替えし、新装開店されると前から報じられていたのだが、その新しい市場にどんな企業が残れるのかという点に尽きるだろう。
僕自身が何人かの識者と話したところでは、報告書の評判はすこぶる悪い。一言で表現すれば、「何が変わるのか(事実上、東証1部は何も変わらない)」という評価である。
この評価の背景には、12月の報告書の次の一文がある。すなわち、プライム市場に関する経過措置として、「市場第一部上場企業は、上場・退出基準に関する新たな時価総額(流通時価総額)に関する基準を必ずしも満たしていないとしても、プライム市場の選択を希望する場合には、より高いガバナンスについてのコミットメントを行う限りにおいて、当分の間、プライム市場への上場・上場維持を基本的に認めることが適当」とする。
要するに、東証1部に上場している企業は、ガバナンスという身なりを整えたうえで手を挙げれば、そのまま新しいプライム市場(メインステージ)に立ち、踊れる。
ところで、僕が注目したのは、引用した報告書の一文に「当分の間」との4文字が入っていることだ。この報告書の下書きとも言える11月に公表された論点整理(叩き台)には「当分の間」との4文字がなかった。なかったがために、経過措置ではなく永久措置だとみなされることを恐れたのだろうか。僕としては本気で「当分の間」を入れたのだと信じたい。こう信じる限りにおいて、プライム市場のプライム(牛肉で言えば極上)にふさわしい市場に、「当分の間」を経つつ、変身していくのだろう。
ついでに書いておけば、多くの投資家にとっての救いは、プライム市場と株価指数(東証株価指数=TOPIX)とが切り離されることだ。
プライム市場から外れることに企業側の抵抗が大きいものだから、企業の顔を立てようとすれば、プライム市場の改革(つまり玉石混交の中から石を外すこと)を一気に進めるのは難しい。
そこで、投資家の顔を立てるための必殺技が、「プライム市場の企業であっても新しく整備されるTOPIXの構成企業とはならない一方、プライム市場以外の上場企業であっても新TOPIXを構成できる」との仕組みである。
考えてみれば、「東証1部企業=TOPIX構成企業」という現在の建て付けは、世界標準でない。アメリカのダウ平均株価も、代表的なS&P500も、上場企業の一部でしか構成されていない。他の先進国も同じである。「東証1部企業≠TOPIX構成企業」にすることで初めてグローバルな投資家が注目する株価指数となるだろう。
週刊金融財政事情の拙稿で提案したことがある。それは、指数の構成企業の見直しは当然のこととして、プライム市場や他の市場の上場基準(上場廃止基準を含む)を絶えず見直すことである。プライム市場で言えば、経済規模の拡大とともに、時価総額などのバーを引き上げることである。
そうしないと、今の素晴らしい日本企業や、新たに登場するグローバル大企業が、「掃き溜めに鶴やな」、「そんなとこにいて大丈夫、朱に交わらないんかいな」と言われかねない。つい、このように思ってしまったものだから。
2020/01/25