今日の日経新聞に信越化学が塩ビの生産能力を増大させるため、アメリカで新規に設備投資するとあった。僕として、「すでに設備投資をしているはずでは」と疑問を持った。よく読むと、現在新設中の工場は今年夏に完成する。今回はさらなる増強とのことである。
信越化学、金川氏(会長)のワンマン経営との評価から、ガバナンス上の問題ありとされてきた。でも、である。時価総額が8兆円を越え、総合科学で日本最大の三菱ケミカルの1.1兆円を圧倒している。ましてや住友化学、三井化学などは足元にも及ばない。
何故、財閥系化学会社が信越化学に大きく引き離されたのか。いろいろ理由はある。言えることは、信越化学が世界的な製品に特化し、第一人者になったことである。塩ビもそうだが、半導体シリコン、シリコーン樹脂、希土類磁石などで同業他社よりも競争力を発揮し、高い利益率を誇っている。
この第一人者の地位を永続するため、積極果敢な投資を実行してきた。今回の塩ビの設備投資はその典型だろう。塩ビという汎用品だから、第一人者の地位を保つには投資を行い続けるのが当然なのだが、それが本当に実行できるのか。日本企業の多くは実行できていない。そのため、世界の前に破れ去ってきた。
半導体メモリがその典型だろう。正確には東芝の半導体メモリが唯一残っていたのだが、それすら東芝が半ば(半ば以上)売り払い、キオクシアという会社になっている。
戻って、設備投資を行うには資金が必要である。それもタイミング良く投資するには資金調達の自由度が高くないといけない。それだけではない。設備投資の前提となった需要予想が外れるというリスクが常にある。役員会などで議論すれば、必ずと言っていいほど、「もう少し様子を見たほうがいい」との意見が出てくるだろう。
日本の半導体メモリが敗れ去ったのも、資金負担、バブル崩壊という外部環境、そして意思決定の遅さが要因になったと考えていい。もう1点付け加えるのなら、1980年代のバブルと90年代の崩壊は、日本の大企業が本業以外の投資、つまり不動産投資、株式投資にいそしんだことに要因がある。
この点、信越化学は果敢に本業での投資を実行してきた。その本業も得意分野を選択し、集中しているのである。意思決定は、金川氏がワンマンだったかもしれないものの、だから果敢かつ素早かったと推察できる。また、得意分野の利益率が高く、その利益が潤沢に(変な投資に回されることなく)社内に積み上げられていたため、意思決定をすれば、すぐに投資資金に回せる状態にあった。
ガバナンスだとか、多額の現預金を積み上げるのは問題だとか、一般論的な批判がある。しかし、社内組織としてのガバナンスを整えれば、そのままでは意思決定が遅くなる。誰かが(多くは社長だろうが)、責任を持ち、地位を投げ出すくらいの覚悟で、「わかった、せやけど言い訳をせんと、とっととやれや」と意思決定をしなければなるまい。現預金の積み上がりも、将来の投資にため、果敢な意思決定に備えるためなら、むしろ歓迎ではないか。
ちなみに、20年3月末現在、信越化学は8364億円の現預金を保有している。今回の塩ビの新規投資は1300億円とか。また、2019年度の投資キャッシュフローは投資超過の3945億円に達している。現在の現預金保有額が多いのか少ないのか、そこはアナリストとして質疑すべて点だろう。
ということで、信越化学の事例が、日本企業に代表的に不足するものが何かを問うているように思えてならない。
2021/01/27