足元では少し落ち着いたが、アメリカの金融市場では次の状況が生じている。すなわち、インフレ率の上昇が金利の上昇を生じさせ、それによってハイテク株中心に株価が下落する。何故なのか。本当に正しい反応なのか。
インフレ率の上昇と、その上昇率が今後も上がるのではないかとの懸念にはいくつかの背景がある。
1つは、アメリカの経済がコロナから抜け出しつつある事実にある。ワクチンの接種が進み、新規感染者数が明らかに減ってきている。当然ながら消費者の意識が明るくなり、経済活動が活発化している。我慢を解かれつつあるアメリカの消費者が、今までの反動で一気に動こうとしている。
2つに、事故というか突発事象の発生である。テキサスを襲った寒波による停電で、半導体工場の生産がストップし、それが自動車をはじめとする生産を停滞させた。これが消費者意識の回復と重なったものだから、需給の逼迫がもたらされ、物の価格が上昇した。さらには石油パイプラインがサイバー攻撃を受け、これもまたガソリン不足などによる価格上昇をもたらした。
3つに、景気の回復は、いずれにしても必然的に物価上昇をもたらす。アメリカの金融政策がじゃぶじゃぶなことも、物価という火に油を注いでいる。
では物価が上昇すれば何が起きるのか。資金の流れが活発になり、企業の投資も増え、資金需要が高まる。一方でじゃぶじゃぶな金融政策の終了する可能性がある。まだ終わりの宣言は出されていないが、投資家は、とくに短期の投資家は終わりが近いのではないかと恐れている。実際にすでに長期金利が上がっている。
これが株価にどのように影響するのか。ここで株価の基礎知識として、2つのことを思い起こさないといけない。
1つは、株価が将来の企業業績(もう少し正確には企業が株式投資家のために稼ぐ利益額)を予想して決まることである。もう1つは、明日の(言い換えれば将来の)1ドルよりも今日の(今、現在の)1ドルの値打ちが大きいとの事実である。後者の、現在と将来の値打ちの差をもたらす要因の1つに金利水準がある。金利が高くなれば、たとえば債券に投資して将来稼げる金利が大きくなるから、現在と将来の値打ちの差が拡大する。
ハイテク株、代表的にはGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)は、成長率が高く、将来の利益水準が現在との比較で相当大きくなると期待される。とすれば、金利が高くなることは、その分だけ将来の利益期待が大きく割り引かれることになる。このため、金利の上昇がハイテク株の株価を大きく下落させる。
もちろん、普通の企業が将来に稼ぐと期待される利益も金利上昇によって割り引かれるのだから、やはり金利上昇は普通の企業の株価の下落要因である。しかし、その影響は、将来の利益のウエイトが大きいハイテク株ほどではない。
以上を理解したとして、ここで考えないといけないことがある。景気の回復は企業が稼ぐ利益額を、従来期待されていた以上に大きくする事実である。これは株価の上昇要因となる。一方で金利の上昇が株価下落要因となるのだから、景気回復がもたらす株価上昇も考慮し、どちらがより強く働くのか、双方の影響力の大小関係を考えないといけない。
現在、アメリカの株式市場で生じているのは、普通の企業の株式が上昇気味である一方、ハイテク株の頭が抑えられ、弱含みなことである。普通の企業の場合、景気回復による株価へのプラス要因が大きいと投資家が考えている。これとは逆に、ハイテク株の場合、金利上昇によるマイナス要因が大きいと投資家が考えている。というか、将来の利益上昇期待が、すでに大きすぎたのかもしれない。
少し長期に株式を保有するとの観点から今後の株価を考える、次の点に留意すべきだろう。市場全体に対して、コロナ後のデジタル社会へ、また脱二酸化炭素社会への動きがどこまで加速するのかである。その上で、普通企業もハイテク企業も同じなのだが、新しい社会への適応度合いが問われる。また、ハイテク株中心だろうが、コロナ渦中での将来への期待が適切だったのかどうか、とくに企業業績に対する効果が正しく予想されていたのかどうかを再度評価しなければならない。
思うに、ハイテク企業は技術革新度によって選別が進むことになろう。新しい企業が登場するし、脱落する企業も出てくる。他方、普通の企業の場合、デジタル社会、脱二酸化炭素社会へ適応できるのは限定的だろう。新しい企業の登場する余地は少ない。ハイテク企業と普通の企業では選別基準は異なるものの、「株式であればすべてが上がる」と考えるのは間違っている。
2021/05/22