川北英隆のブログ

死語の世界の話題2つ

ふとした拍子に、子供の頃に聞いたり使ったりした単語を思い出すことがある。また古い単語に出会うこともある。その1が「ひんねし」である。
子供の頃、「ひんねしを起こしよった」と、たまに聞いたことを思い出した。手元にあった大きめの辞書に「ひんねし」はなかった。ネットで調べると「へんねし」が出てきた。
最終的には日本国語大辞典で調べるたところ、「へんねし」とは「うらやみねたむこと」「すねること」とある。関西地区(京都周辺かな)の方言がいくつか書かれていて、いくつかのバージョンがある。その1つに「ひんねし」があり、京都府相楽郡(の方言)と記されていた。相楽郡は奈良市と接している。
父親、母親ともに実家は奈良県の北部だし、実家の親戚(父方の婆さん)は相楽郡から嫁いできたと記憶している。母方の爺さんは奈良市の北部、相楽郡の近くから婿入りしてきたはずである。だから、「ひんねし」が通用したのだろう。
もう1つが先日登った養老山の別名、多芸山の多芸(たぎ)である。養老ノ滝があり、滝を濁って「たぎ」と発音したのかなと思いつつ、暇な時に調べたところ、まったく違っていた。
由緒ある地名だった。多芸は「たぎたぎしい」からきているとか。かつて岐阜の養老山地付近に多芸郡、多芸村があった。
この多芸とは、(倭建命が伊吹山から伊勢国へ行く途中、今の養老付近で)「今吾が足得歩まず、たぎたぎしくなりぬ」「故、その地を名づけて"当芸=たぎ"といふ」(古事記)に由来するとか(古事記)。「たぎたぎし」とは、(道などが)でこぼこしているさま、足もとがおぼつかないさまとされる。
養老ノ滝近くに、元正天皇・聖武天皇を祭神とした多芸行宮(たぎのかりみや)跡がある。717年に造られたとか。ちなみに元正天皇は女帝である(日本、昔は進んでたー)。この神社は明治になり、養老神社に合祀されている。
それはともかく、多芸は多伎、多紀とも書くらしい。これらの地名、方々で見かける。当麻(たいま)寺の当麻も「たぎたぎし」「たぎま」が語源とある。要するに都から離れた山辺を指すのだろう。「たぎたぎし」を覚えておいて損はない(山を歩く者だけのことかな)。

2021/06/05


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