昨日、笑福亭仁鶴さんの訃報をネットのニュースで見た。84歳だったとか。家内より12歳上、同じ丑である。体調を崩していたのは知っていたが、早いというか、こちらもそういう年齢というか。
仁鶴の名前を知ったのはラジオの深夜番組である。家で受験準備をしていた頃、どういう理由だったか、また最後にどこにやったのか忘れたが、短波放送も受信できる比較的上等なラジオを買ってもらっていた。
そのラジオで昼間は時々短波放送に入って株価動向を聞き(どういう受験準備や)、夜は(番組名をネットで調べると)「ABCヤングリクエスト」の「仁鶴・頭のマッサージ」(というらしい)をよく聞き、時には落語「ABCミッドナイト寄席」も聞いて寝ていた。仁鶴の「どんなんかなー」が好きだった。
ここで思い出したように思うのは、短波放送を聞きたいという理由でラジオを買ってもらったのかもしれない。
横道に逸れるが、この受験準備は会社生活でも役立った。入社6年目に東京証券部に配属になった。当時の若手の仕事の1つとして、株式市場の前場と後場の始まり(業界用語で「寄り」)にラジオの前に座り、主要な企業名を掲載した大きな紙に鉛筆で株価を書くことがあった。10年が経過していたとはいえ、慣れた仕事だった。
そのラジオでの株価の聞き取り、当時の証券会社の店に行くと、大きな黒板があり、そこに男性がいてチョークで値段を書く姿があったのと同じである。やがてそれが電光掲示板となり、やがて端末やインターネットにとって代わられた。
戻ると、仁鶴の落語も好きだった。残念ながら聞いたのは少しだが。東京での生活が長かったから、その東京のテレビに上方落語の登場が少なかったせいもあるだろう。そこで「そうか」と思い、ネットで仁鶴のCDなどをざっと検索すると、すべてが入荷未定になっていた。訃報を受け、注文が殺到したのだろうか。
ちなみに江戸落語の多くは面白くないと感じる。言葉の違いだろうか。それとも笑いの本質の差だろうか。上方に比べ、江戸は少し理屈っぽいように感じる。
東京で仁鶴を見ることができたのは、「四角い仁鶴がまぁーるくおさめまっせ」で始まる、某国営放送の「バラエティー生活笑百科」だった。ラジオで聞いていた頃とはスタイルが変わっていたものの、仁鶴の話術の軽妙さは相変わらずだった。
その四角い仁鶴さん、四角い墓に入るのだろうか。古代じゃあるまいし、前方後円墳でないことだけは確かである。
2021/08/21