ノルウェーでストライキが起き、天然ガス価格が上昇したとか。迷惑な話しだと思うものの、一方で「賢いな」と思う。労働者というか企業に勤める者としての理にかなう。
以前にも書いたように思うが、僕が社会人となった当初は交通機関のストライキが年中行事としてあった。迷惑なことながら、その交渉によって僕らの賃金も上がることになるわけだから「仕方ないか」と思っていた。それに、勤務していた会社の労働組合も「スト」という言葉を脅し的に用いていた。
ノルウェーの油田・ガス田は欧州最大規模である。だからノルウェーの会社は儲かって仕方ない、ウハウハだろう。しかも欧州はロシアからの原油やガスの輸入をさらに制限しようとしている。ますますノルウェーの会社のウハウハが想定される。
その会社の従業員とすれば、ウハウハの恩恵にあやかりたいだろう。でも普通の交渉では時間がかかるし、どこまでウハウハが実現するかもわからない。そこでストが切り札となる。もしもストによって原油やガスの生産が一時的に停止すれば、会社はもちろん、欧州としても大きな被害を受けてしまう。まさにストは戦略的である。
日本の場合、僕が入社して10年も経たないうちに、交通機関のストがなくなったと記憶している。労働組合も形骸化し、「何のために組合費を徴収されているのや、組合幹部の飲み食いのためかいな」と思っていた。だから課長相当職になり、組合員から外れた時には同期と万歳を三唱した。そうそう、当時の僕の会社は、特定の職能以下の従業員全員が労働組合員という制度だった。そもそも変な制度で、要するに御用組合なのだが。
ノルウェーの場合は従業員のために闘う組織なのだろう。今で言うソーシャル、社会性が高いと思える。その労働組合がヒグマの国の大暴れにつけ込み、欧州の弱みを突いて待遇の改善を要求した。自分たちの利益を要求するためには当然の戦略である。これによる交渉の結果、何らかの成果が得られる。
思うに、日本の労働組合は何のために結成されているのだろうか。従業員の待遇の改善のためではないのか。しかし1980年以降、何を獲得したのだろう。現時点で言えば、賃金をアップするようにと政府がやかましく言う度に、その政府の要請に応えるため(応えたとしても、今度は政府の御用組合だけなのだが)労働組合は何をしてきたのかと思う。
政府の後押しがあるのだから、スト程度は実施していいのではないか。ストをしないのは日本全体が互いに切磋琢磨しない状況に陥っている。互いに「まあええか、しゃあないか」という馴れ合いに馴染んでしまったようだ。もう少しは(できればもっと)対立しなければならない。対立し、意見を闘わせ、日本社会を磨かないといけない。
それとも従業員自身に、ひいては労働組合自身に、自分たちの能力に対して「大したの能力なんて持ってない」との諦めが染み込んでいるのか。端的に言うと「ストや」と言った瞬間、会社から「ほな首」と言われ、本当に首になってしまう。一方の会社はすぐに代わりの従業員を見つける。そういう一種の自覚というか自認である。
能力があるのなら、「首にしてもええで、代わりなんて見つからんはずやし」とのセリフを用意しているに違いない。ノルウェーの会社の従業員はそれである。このように考えれば、「日本の従業員って何、能力が本当にあるの」と思えてくる。
労働組合が動かないのなら、また個々の従業員に「高い能力があんで」との思いが強いのなら、個人的にストライキするのがいいかもしれない。「首」と言われれば、とっとと辞めればいい。当然、会社からそれ相当の対価を獲得して。これも当然ながら、首になった場合の次の就職先の目星を付けたうえで。
2022/07/06