川北英隆のブログ

日本は農業国的に戻るのか

ロイターのネット版ニュースを見ていると、「24年ぶりの円安、農産品に好機」とあった。「そうやろな」と思いつつ、友人が語っていた円安の感想とも一致すると感じた。
友人が言うには「このままでいくと、世界各地から日本へと組み立て工場が移転してくる」と。さすがに「世界から縫製の工場が移転してくる」とは言わなかったが、その心はと言うと「労賃が安くて、几帳面だから質の高い製品が組み立てられ(縫われ)、結局はコストパフォーマンスが高いから」である。要するに、かつての韓国や中国、今のベトナムやバングラデシュと、日本での製造コストが同等になるとの意味である。日本がこれらの国へ工場を移転したのと同様、世界が日本へと工場を移転くるわけだ。
最初に戻れば、日本の農業も同じような位置にある。もちろんブランド農産物を育て、それを輸出するのだろうが、農地がちまちました日本の場合、労働賃金を稼いでいるのとの大きな差はなかなか生じない。
今の政権が呼び込もうとしている海外旅行者が楽しむのも、多くは同じである。京都の俵屋や柊家に泊まる外人もいるだろうが、ほとんどはビジネスホテルに毛が生えた程度の宿泊施設を利用する。多分、僕が地方に旅行するときに使う高々1泊1万円程度のホテルだろう。とすれば、そのホテル代の多くは人件費に消える。かつて円が高かった頃、僕が山歩きで泊まった海外のホテルとも大差ない。
日本の人件費が上がらないとはどういうことか。ドル換算で下がるとの意味は。要するに日本人の働きが(日本人従業員を雇う経営者の目線が)円安にともなって卑屈になることに等しい。知恵で稼ぐのではなく、肉体労働で(それに近い働きで)稼ごうということである。
そこで、「ワテはウシと一緒かいな(僕が子供の頃、ウシは農作業をしていた)」と思いつつも、「でもウシはあの世に行っても肉を残すので、ワテよりも上やな」と悟ってしまう。
日本の農業にはブランド産品を多く作ってもらい、海外に対して「この値段で買わんかったら売らんわ」と挑んでもらいたい。そして都会の経営者から消えた日本人の意地が、地方では健在だと誇示してほしい。

2022/10/06


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