川北英隆のブログ

人的資本情報への要求は変

「人的資本」の開示(情報の公開)が充実するという。11/28の日経新聞の3面に、「人的資本の開示 来年開始」との記事がある。月曜日なので出来合いの記事を掲載したのだろう。以前から概要が決まっていた。
2023年3月期以降、上場企業は有価証券報告書に人的資本の状況を示さないといけない。内容としては、人材育成とその社内環境整備の方針や指標・目標である。また、多様性に関して、女性管理職の比率、男性の育児休暇取得率、男女間賃金格差などの記載が求められる。
このこと自身は悪いことではない。世の中が求めている。金融庁が有価証券報告書に記載を求めるのには納得感がある。
問題は、この有価証券報告書にもっとも重要な数字が抜け落ちていることである。何が抜け落ちているのかといえば、企業が人件費として総額いくら支払っているのかである。その情報がないと、利益や売上高に対する人件費総額の比率が求められない。
まず全体像を示してから、人的資本の将来像や多様性を語ってもらわないと、「群盲象をなでる」(比喩的に使っているだけだが、差別的だと感じたのならならごめんなさい)状態ではなかろうか。
つまり、全体を知らずに細部だけ知ったのでは、間違った判断を下しかねない。有価証券報告書は投資家の適切な判断を促すための情報のかたまりである。なのに不適切な構成になっているのではないか。
実は2014年2月期決算まで、単体(グループ会社を代表して上場している企業で、多くは親会社)決算の開示では製造原価明細書が掲載され、労務費などの数値が得られた。そのため人件費の全体像がある程度把握できたのである。僕がアナリストとして勤務していた頃には、この製造原価明細書を重宝して使っていた。分析対象企業の労働に関する全体像がある程度把握できたからである。
なのに2014年3月期決算以降、一定の(簡単な)条件をクリアさえすれば製造原価明細書が免除されるようになり、多くの企業がその恩恵にあやかった。証券アナリスト協会は当然、この改定に反対したのだが、受け入れられなかった。
以上の改定に関しては電通国際情報サービスのサイトを参考にした。
2014年2月期決算まで示されていた製造原価明細書は、単体だけである。グループ全体の連結決算書には、もともと製造原価明細書がない。この点は日本の単体の決算書が、国際会計基準が先導する方式に「右へ倣え」したのである。
なぜ国際会計基準が製造原価明細書の掲載を要求しないのかは不明なものの、海外での子会社を含め、人件費や労務費を集計する作業が大変なのかなと想像する。しかし企業の社会性(social)が世界的に強く求められる中、その企業グループが支払っている人件費の総額が示されていないのはきわめて変である。さらに言えば、国もしくは地域別に人件費の総額を示すのが本来の姿である。EUのご都合主義が浮かび上がる。
悪貨は良貨を駆逐するという。2014年に日本の単体会計基準の良さが駆逐された。ここから先、国際会計基準を社会性の観点から改善すべきである。日本として、単体の会計基準を思い出しつつ、国際会計基準改正のための音頭を取るべきではないのか。そう強く感じる。

2022/11/30


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