川北英隆のブログ

黒田総裁の後に残ったもの

黒田日銀総裁の長い10年間が終わった。後に残ったものは何か。日本経済の緩やかかつ長期的な凋落、安い日本という課題に変化はない。むしろ悪化しつつある。日本の金融に関して言えば、銀行の深手、国債市場の瀕死、株式市場の癌である。
企業業績は好調である。先行きはともかく、22年度の上場企業の業績は最高益を達成した見込みである。黒田総裁の10年間の間に倍増しているそうだから(元日経記者の前田氏のグラフから借用)、平均すると年率7%台の増加率である。一方、家計の可処分所得は、この間に1.2倍(年率2%)程度の増加率でしかない(同上)。
企業が伸びたのに家計が伸びないのは、企業の「ぼったくった」と言えるだろう。この「ぼったくり」の背景には、「細かい、しぶちん」企業と「争わない」従業員があるのは当然として、もう1つに日銀によるゼロ金利政策がある。企業が銀行などに支払う金利は少なくてすむようになるし(銀行にとっては厳しいが)、生き延びてはいけない企業が生き延びるという効果をもたらした。
さらには、本来は死滅してもおかしくない企業が生き延びるため、国内市場での競争が熾烈になり、結果として物価が本来の水準まで上がらない。物価が上がらないから企業は賃金を据え置く。そんな悪循環も生まれたのである。
ゼロ金利はまた円安をもたらす。個人にとって円高が望ましいことは以前に書いた。海外旅行をイメージすれば即座に理解できよう。しかし企業にとっては円安が望ましい。努力しなくても輸出競争力が維持されるからである。
以上から、黒田総裁の10年間は企業にやさしい政策だった。もっとも努力しない学生が落ちこぼれるように、世界的に見ると日本企業の地位が凋落した。自動車でさえ怪しくなっている。コップの中の平和、コップの外の嵐の状態だったわけだ。
一方、金融市場は機能を停止しつつある。銀行間で資金をやり取りする「インターバンク市場」がほぼ機能を停止して久しい。国債市場はその発行残高の半分以上を日銀が保有してしまい、また国債が発行された直後から買い入れるため、機能不全に陥りつつある。政府もまた、日銀がいるので安心して大量の国債の発行が可能となっている。しかも日銀のゼロ金利政策により、国債の支払い金利もごく少額で済む。これでは債券価格(利率)の規律が働かない。
株式市場はといえば、危機でもないのに、少し株価が下がると日銀がETF(上場投資信託)買い入れる。22年12月末現在、日銀は51兆円の株式を実質的に保有している。株式市場の時価総額が706兆円だから、その7.2%が日銀の保有である。この7.2%をどうするのか。中央銀行がこれほど多くの、それも一般企業の株式を保有する先進国はない。そうかといって7.2%を市場で売りに出せば株価は暴落する。債券の場合は満期があるのでいずれ消えていくのに対し、株式の場合は売却しないかぎり永遠に残る。まさに株式市場の癌である。
困ったことになったものだ。

2023/04/12


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