川北英隆のブログ

米国銀行破綻と日本への示唆

アメリカの銀行が相次いで破綻している。破綻した銀行の特徴を大雑把に言えば、大口の預金を集め、それをアメリカ国債に投資して利ざやを稼ぐモデルの銀行だった。この経営がアメリカの政策金利の引き上げによって打ち砕かれた。これは日本への教訓でもある。
大口預金の逃げ足は速い。預金している銀行の経営が不安だと見ると、預金を解約する。ネットの時代、誰かの解約がたちまち噂となり、解約が解約を呼ぶ。銀行の店頭に行列はできないものの、新手の「取り付け」である。
アメリカの銀行破綻は、表面的には取り付けなのだが、もう1つの裏事情がある。
それは2021年までのアメリカの超金融緩和政策である。コロナによって景気が悪化したため、中央銀行(アメリカはFRB)が政策金利を極めて低くし、大量の資金を供給した。
一方、アメリカ国債市場は世界の資金を集め、活発な売買がなされている。このため「国債っていつでも換金できる」という思いが投資家に強かった。加えて、21年当時はコロナの最盛期だったため、またウクライナ問題もまだ生じていなかったため、景気の低迷が続いていた。だから金利が大きく上昇すると予想するのは難しかった。迂闊にも金利上昇リスクへの備えが不十分だった。
以上から、破綻したアメリカの銀行は、集めた預金をアメリカ国債に投資していた。当時のアメリカ国債市場では、日本とは違い、低金利といっても1%程度のものはすぐに見つかった。だから「預金で集め、国債に投資」が可能だったし、それを積極化すれば大儲けだった。
これに加え、制度的な裏付けもあった。代表的には「満期保有」という会計制度である。これは、「国債などの債券を満期まで保有すれば、債券の発行先が倒産しないかぎり元本はすべて返ってくる」「だから満期以前の債券価格の変動は無視していい」との考え方である。つまり、金利が上がり、投資した債券の価格が下落しても、会計上、その下落を損失として認識しなくてもいい。
これは多少の金利の上昇を気にする必要がないという意味で、銀行にとって重宝だった。しかし今回のアメリカのように、金利が激しく上昇すればどうなるのか。
アメリカの銀行の破綻は、日本への教訓でもある。アメリカのような大口預金を大量に集めている銀行は多分ないから、この点は外してもいい。
問題は、国債(日本の場合は日本国債)の位置づけである。日本はアメリカ以上の、超が2つも3つも付く金融緩和に浸かっている。日銀がいつでも国債を買ってくれるから、安心して投資できる。満期が10年程度先の国債であれば、超低金利といえども多少の金利がもらえる。このため、資産としてかなりの国債を保有する地方銀行が多い。この国債保有の状態は破綻したアメリカの銀行と同じである。
正確に書けば、日本では国債のみならず、地方債もほぼ同じ扱いである。社債も大部分が倒産リスクの少ない企業のものである。これらの債券に、銀行、保険会社、年金などが積極的に投資している。むしろ債券以外、安心して投資できないと考えてきた機関も多い。
これら債券の中で国債は王様である。先日、名古屋大学の齊藤誠氏と話しをしていると、彼の「国債が貨幣と袂を分かつ時」という論文が話題になった。日本金融学会から論文が公表される予定である。この論文の主旨は次のとおりである。すなわち、今の日本では国債と貨幣(代表は現金)をほぼ同等に扱っている、だから政府は国債を大量に(経済規模との比較では先進国の中でダントツに)発行できている、しかしこの「国債=現金」の関係は、国債金利の上昇によって、いずれ崩れざるをえない。
満期保有という会計制度も日本に当然ある。再度書いておくと、国債金利が上昇すれば、保有債券の価格も下落する。会計的に損失として計上しなくていいだけである。しかし、損失は損失である。「このままでは満期まで経営がもたない」「背に腹は代えられない」と、会計ルールを反故にして売却すれば、損失が確定する。
では日本の国債金利の上昇はありうるのか。
可能性の1つは、日銀が目指す2%という物価上昇が実現するときである。この時、銀行などが保有する国債に損失が発生する。それが銀行の経営破綻に結びつくかもしれない。目出度いような目出度くないような。
もう1つは、南海トラフのような大震災である。想定される震源が人口集中地域に近いため、東日本大震災とは比べようのないダメージが日本の経済活動を襲う。復興費用も莫大な規模になり、大量の国債を発行しなければならない。これが金利上昇を招く可能性は高い。不可逆的な影響が日本経済に生じるだろう。
ということで、アメリカの銀行の破綻は対岸の火事ではないと思っている。

2023/05/03


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