今年3月末現在、日本銀行は54兆円の株式を保有している。市場時価総額が744兆円だから、その7.3%が日銀である。株式保有は中央銀行の本来の業務ではない。日本の中央銀行、日銀も本来、株式を保有しない。日本経済を支えるため、やむなく買っただけである。
日銀が買った株式は、その大部分がETF(上場投資信託)の形態であり、保有名義は信託銀行になっている。このため、会社四季報などを見ても日銀の名前はない。日銀の公表資料には、保有している株式の簿価と時価が示されている。
日本経済を支えるためとはいえ、そもそもこんな大量に買うつもりではなかったはず、それが日本株式市場の最大株主になってしまった。ちなみに日銀に次ぐのが厚生年金の運用機関、年金積立金管理運用独立行政法人(役所特有の長ったらしさなので、GPIFと略される)の50兆円である。
なぜ日銀が突出してしまったのか。それは2013年に総裁になった黒田さんの音頭による。その日銀保有の株式の簿価は37兆円であるから、現在は17兆円の含み益があり、儲かっていると計算できる。黒田さんの手柄ながら、大きな問題がある。
1つには、最初に書いたように、株式保有が日銀の本来の業務ではない。先進国の中央銀行がこんな大量の株式を保有している例も他にない。日本の経済を先進国の名にふさわしい状態に戻したいのなら、日銀は保有株式をゼロにすべきである。
2つには、17兆円の含み益があるとはいえ、それを実現するのは至難である。通常の場合、叩き売らないことには実現しない。
3つに、日本政府は(日銀も同意して)、銀行に対し、保有株式を削減するように、とくに政策保有(相互の業務に何らかのプラスをもたらすことを目的とした株式保有)は特別な理由がないかぎりゼロにするようにと指導している。それにもかかわらず、日銀がこの株式保有を続けるのなら、いろんな疑問が生じる。日銀は銀行ではないのか。54兆円は政策保有ではないのか。日銀だけ特例が認められるのか。特例だとすれば「ずっこい」のではないのか。日銀として、監督先の銀行に対して示しがつかない。
4つに、3つ目の派生として、日銀の保有株式は上場企業の経営に対してどのような影響を与えているのか。いわゆるコーポレートガバナンスの問題である。この点について、日銀は明確な指針を示していない。株式保有を通じて企業の業務に影響を与えるという、一般投資家の役割は中央銀行の役割ではないとのスタンスなのだろう。そうであるなら、株式市場のそもそもの機能を日銀が削いでいることになる。
5つに、同じく派生として、株価は大きく変動する。銀行が大量に株式を保有すれば、株価の大幅下落に直面した場合、経営が破綻しかねない。日銀も例外ではないのだが、その危機に直面すれば、日銀は札を刷りまくって株価を支えるのか。でも、これって自己の利益を図るための株価操作であり、株式市場にとって「最大の悪」のはずである。
以上から、日銀は54兆円の出口を急いで見つけるべきだと考える。そもそも日本の株価が堅調なのだから、堅調なうちに54兆円の縮小を図ることに何の躊躇も生じないはず。しかし、日銀から議論は聞こえてこない。サボっているからとも、知恵がないからだとも思わないが、老婆心ながら(老爺心ながら)、方策を書いておきたい。
1つは、日銀が毎年、利益の一部を政府に差し出す国庫納付金に使えばいい。現金の代替としてEFFを使のである。政府はこの納付ETFを徐々に売却することになろう。ちなみに22年度は1.98兆円を日銀が納付した。
2つに、日銀がEFFを信託銀行から引き取り、個々の企業と交渉して買い取らせればいい。上場企業からすると自己株式の取得である。
最近、良い事例が生じた。KDDIが、その大株主であるトヨタ自動車から自己株式を取得する。トヨタはKDDI株式の14.68%を保有している。そのうちの2割、つまり全体の2.94%をKDDIが買い取る。その買い取り価格は28日の株価を約9%下回って設定された。市場で叩き売れば、この程度の下落が生じて不思議ではないから、違和感はない。
これを日銀が見習えばいい。含み益がある段階なら、多少の値引きでも利益が出る。業績の好調な企業なら日銀の申し入れに喜んで応じるだろう。業績が良くない企業は渋るだろうが、その時に「経営にもっと努力を」と陰に陽に伝えればいい。
どうだろうか。ETFを国民に均等に配るという以前に示した方法を含め、検討してもらいたいものだ。
2023/07/29