川北英隆のブログ

株式投資は実践あるのみ-1

「株式は危険」だと爆発物のように言われることがままある。僕が子供の頃もそうだった。戦前(といっても京都風の応仁の乱ではなく、第二次世界大戦の前)、先物取引的な短期売買が株式投資だった名残だろう。要するに投機の世界であり、その記憶が語り継がれている。
これに関連して、少し前、東京で知人と話していたら、「投資」や「売買」という用語が変過ぎると主張された。前にも聞いた話しながら、「投資は資産、つまり財産を投げ出す書く。売買は売りが先に来るから、つまり空売りだ」と。だから、「投資」という表現は、「資産形成」の方が望ましいらしい。
とはいえ、何回か書いたと思うが、子供の頃、気づけばわが家には株式が身近だった。父親が敗戦でビルマから戻り、仕事がないので手伝っていたメリヤス工場の店主が、株式を保有していた。上場株式だから株主総会になると通知の郵便が来る。そけを見た父親が店主に質問をし、株式というものを初めて知ったとのこと。
現物の株式だから、戦後の高度成長期には乱高下しながら値上がりした。当時、配当も預金金利以上にあった。だから株式投資は、長期的には大きな利益をもたらした。たとえば、代表的にはソニー、トヨタ自動車、ホンダ、松下電産(パナソニック)である。
戦後には先物取引的な短期売買が禁じられ、その代わりに信用取引(つまり借金して株式を買う方法か、株式そのものを借りてそれを売る方法=空売り)が制度化されていたが、父親に株式というものを教えてくれた店主は信用取引をしていなかった。これが幸いしたことも記しておかねばならない。
信用取引は売買差益が狙いである。投資資金を借りるか株式を借りて、それを短期間のうちに返済する。思惑通りに(借金して株式を買った場合)株価が上がるか、(株式を借りて空売りした場合)下がるかすれば、極論すれば手元資金ゼロで利益が得られる。濡れ手で粟である。しかし株価が逆に動いた場合、地獄である。財産を処分して借金か借りた株を返さなければならない。返せなければ夜逃げである。
信用取引さえしなければ、市場全体の株価は経済成長とともに上がる。景気が後退すれば市場全体の株価は下がるが、ゼロにはならない。言い換えれば、「屋敷を払い」は生じない。ちゃんとした企業の株式を買っているのなら、いずれ株価は上がるだろう。
父親の手本である店主は正しく株式を買っていた。それを手本に株式を買った父親も店主の恩恵に与った。
しかし、当時の関西では株式はかなり一般的な資産だったようだ。金銭感覚に鋭かったともいえる。たとえば、電鉄会社の優待乗車証(乗り放題の株主優待券)を目当てに、資産家は電鉄会社の株式を保有した。それがステータスシンボルでもあった。
ということで、父親が株式を知り、株式投資を実践したのは、関西では珍しくなかったようだ。「当たり」だったのは間違いないが、「大当たり」と言うほどのものでもない。

2023/08/12


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