川北英隆のブログ

デフレの要因を誤認して

日本のデフレ(物価の下落もしくは停滞)の要因や企業行動に関する誤認が広がっているように感じる。賃金が上がらないこと、これが本当のデフレの要因なのだろうか。デフレが収まれば企業は積極的に投資するのだろうか。
1990年代の終盤、日本経済は危機に陥った。バブルが崩壊し、地価が下がったのが直接的な要因だった。とはいえ、この地価下落にはさらに背景がある。
1980年代の後半まで、日本では土地の価格は上がるものと信じられていた。その「土地神話」を多くの大企業も信じ、積極的に買った。銀行もその資金を積極的に融資した。このため地価が暴騰したのである。北海道の原野でさえ売れたのを記憶している(多くは詐欺的な売り込みだったようだが)。
その後、日銀と政府が重い腰を上げて金融を引き締めたため、地価の暴騰が逆回転を起こした。土地神話も崩れ、売りが常態化するようになった。土地を大量に買っていた大企業が経営破綻した。当時の大手スーパーだったダイエーが典型例である。銀行も土地を担保とした貸出が不良債権化した。担保価値もなくなっていた。1998年の北海道拓殖銀行や日本長期信用銀行の破綻はこの土地神話の崩壊が発端となっている。
これらの危機を乗り切るため、企業は人員削減と賃金カットを行った。給与水準の高かった金融機関も例外ではない。高度成長期に人手不足が深刻だった日本経済は、逆に人手が余り気味になった。
しかも労働組合も息を潜め、ますます御用組合化していった。「寄らば大樹の陰」と入社した、子羊のような社員が多数派を占めるようになったのだろう。やんちゃだった団塊の世代も退職を間近に控え、「無事に退職金をもらいたい」モードに突入していた。おかげで賃金カットに対して雇用者側からの反発は少なかった。
この賃金カットに味をしめた企業は、利益確保のための近道として、賃金を上げない経営に転じていった。とくにサラリーマン経営者は、努力せず、リスクも少ない「従業員に泣いてもらう道」を選んだのである。分析すればわかるが、売上高に占める人件費の率が低下を続けた。
一方、企業として下手に製品やサービスを値上げすれば、需要が減る。また、製品やサービスの質を上げるには企業としての努力とコストが必要となる。だからこちらでも音無し経営に転じた。
以上から、日本企業は大した経営努力もせず、一番あんちょこな「人件費削減」「賃上げゼロ」「値上げせず」の道を選んだ。この結果として何が生じたのかというと、日本の雇用所得の停滞、それにともなう消費の停滞、製品やサービス価格の停滞であり、デフレである。同時に世界的に見て、日本企業へ後進性が忍び寄った。アメリカや中国の背中が遠くなり、経済規模でドイツに抜かれ、インドにも迫られている。
要するに日本のデフレは、サラリーマン経営者の保身が大きく影響している。数年間の役員生活や社長生活をまっとうしようと、強く意識している。おかげで日本は縮こまった国に成り果てようとしている。
だからデフレが終わり、少々製品やサービスの価格が上がったとして、積極的に投資しようなんて企業がどれほど出てくるのは疑問である。海外企業から突き上げられて動くことになるのではないか。賃金でさえ、政府に突き上げられてという、「これずホンマに営利企業かいな」と思うほどの状態なのだから。

2023/12/02


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