川北英隆のブログ

物価上昇への所得補填の変

昨日(1/11)の日経新聞の経済教室「『2%』定着へ所得補填強化を」(渡辺努氏)の論調は変だった。どこがと言えば、所得補填強化を正当化する箇所である。
「物価上昇が望ましい」との基調に基づいてこの経済教室は書かれている。主旨は、「現時点において国内ではインフレ予想が定着しつつある、しかし輸入物価の上昇に伴って日本から海外へと所得が流出しているため、労働者と中小企業が苦しくなっている、これへの対応(対策)として政府による所得補填が必要であり政府も動いた、2%のインフレ経済へ移行できるのなら、いずれ政府も財政的に潤う」である。筆者が諮問会議で同じことを述べたのだろう。
物価の穏やかな上昇が望ましいとしても、この論考には大きな問題がある。すべてを政府の政策に依存しようとの姿勢である。もちろん企業の賃上げ期待が論考から(多分紙幅の制約によって)漏れているのだろうが、それにしても短絡的な記述に過ぎる。
1つに、「大企業の世界的な競争力の低下と、その競争力のない企業を生かし続けてきたこと、これらが円安を招き、海外への所得流出を加速させた」との事実がすっぽりと抜け落ちている。さらに言えば、この背景にあるのは、政府が企業への過保護政策を続けてきたことである。とくに2000年以降、保護が過保護に変じたと考えられる。
2つに、大企業の労働分配率(生産活動によって生み出した付加価値から人件費として支払った割合)が低下している事実にも目を瞑っている。政府としては、国民に対してこの大企業の労働分配率低下の事実を客観的に伝え、「賃金はもっと上げられる」との意識を持たすべきである。これによって人件費を上げられない企業も登場し、消えていくかもしれない。しかし、これが世の中の厳しい現実である。国内だけ厳しさから隔離しようとしていたのでは、日本全体が消えてしまう。現在の日本の国際的な地位の低下は、消滅へと片足を突っ込んだ証拠かもしれない。
3つに、仮に激変緩和として所得補填が必要だとしても、その補填方法が稚拙過ぎる。必要な者に必要な額だけで十分である。そのためにマイナンバーカードという制度を導入したのだろうに。しかし今回の所得補填において、マイナンバーカードの「マ」さえ登場しなかった。マイナンバーカードはたんなる健康保険証に化けてしまったのか。
いずれにしても昨日の経済教室は凡庸役人的作文である。上司である政府から「即効性のある政策を打ち出したいので、何か考えろ」と命じられ、「へへぇ」作り上げた処方箋なのに、実行に移そうとすると評判が悪い。そこで「いやいや、そうじゃない」と書いたのかもしれない。
今の経済学者は狭い専門分野に閉じこもる傾向が強い。そんな嘆きが多い。物価の専門家として、物価の世界だけで議論すると、今回の経済教室になるのかな。そう思えてきた。

2024/01/12


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