果無峠で熊野古道小辺路に合流する。かつての信仰の道であり、今は世界文化遺産に指定されている。観光客の多くは果無の村落を車で訪れ、そこからの眺望と雰囲気に満足して帰るのだが、もう少し関心が高い者は果無峠越えに挑むようだ。
当日、峠には西洋系の外人が2人いた。前日に泊まった湯の峰温泉を含め、西洋系の観光客に人気のようだ。ツアーのガイドに言わせると、まっすぐに立った杉の植林が珍しく、人気があるとか。日本人が「スギ花粉の素」として毛嫌いしているのに。いずれにしても杉に罪はない。
峠を下り始めると、その杉の美しい植林が現れる。石の観音菩薩像(西国三十三観音)が果無の村落まで続き、途中に観音堂(横に水場と簡易トイレ)と茶屋跡があり、参詣者で賑わった頃を偲ぶことができる。途中、石畳というよりも岩の緩やかな斜面と表現するのが適切な箇所もある。「かつて石段になっていたのが崩れ、単なる斜面になったのかな」と思えた。
果無の集落(民家が点在するだけ)まで下り、車道に出て、「世界遺産」と書かれた大きな石碑を見る。観光客用の記念写真スポットである。さらに民家の庭と思しき場所を通過し、熊野川の流れを見つつ、再度、元石畳の道に入る。当日の「最難関」だった。雨の日は滑りやすく、少なくとも腰を痛打リスクが潜んでいる。
車道を横切り、少し下ると川の傍に出る。廃屋の軒下を通り、柳本橋(吊り橋)に出る。川の横には5分以上に咲いた桜があった。橋を渡り、トンネルを潜ると、国道425号線横のホテル昴に出る。ここでマイクロバスが待っていた。
冷水山下の林道を出たのが7時30分、ホテル昴に着いたのが16時ちょうどだった。
小一時間、入浴料1000円の十津川温泉を楽しんだ後、17時に大阪への帰途についた。十津川沿いの国道168号線は、ほとんどが2車線になっていたが、昔のままの1車線の箇所も残っていた。とはいえすべて舗装されているので、かつてのようなスリルはない。
それと、中学3年の時だったか、父親の運転で伯母峰峠を越えて新宮に行き、十津川経由で帰る途中、一泊した湯泉地温泉を思い出した。どうなったのか、マイクロバスから見ていると、かつての辺境の温泉のイメージが消えていた。とはいえ現在の国道はバイパスを通り、湯泉地温泉の中心部の狭い箇所を回避していた。
写真、上は果無峠下の杉木立である。下は柳本橋である。
2024/04/04