川北英隆のブログ

哀れ国道9号線

去年、ふと気づき、楽しみにしていたことがある。園部から福知山の間をJRバスが走っていると知った。調べると、バスは国道9号線を走る。「山陰街道、今の国道9号線と鉄道とは別ルート、それなら未知の山に使える」と目からウロコだった。
現在のJR山陰本線は、園部を出ると大堰川(桂川)の上流部を経て由良川に入り、和知、綾部を通って福知山に通じる。この園部と綾部の間は国道27号線とほぼ同じルートである。
一方、江戸時代の山陰街道は、JRと山並みを1つ隔て、南側を通っていた。園部と福知山の間には3つ宿場町があったそうだ。誰も知らないだろうが(当然、僕も)、須知(しゅうち)、檜山、菟原(うばら)である。地図を見ると、それなりの町のようで、須知と檜山は今の京丹波町の中心でもある。
もちろん近くに山もある。最初に書いたJRバスを見つけたのも、国道9号線とJRを区切る山、といし山と三峠(みとげ)山を歩いた時だった(23年3月)。「山から下りる側を北(JR)にするか南(バス)か」と考えたからである。
南に下りると園部へのバスの接続が悪かった。ただし、JRバスを利用すると篠山北東部の山にアプローチできる。つまり、山を越えると篠山である。
今回、その篠山の山を計画するため、JRバスの時刻を調べようとした。早朝にバスがあったと記憶していたから。それに、京都から園部に出るのは簡単である。山越えをしてJR福知山線で帰るのも粋である。
以上から、「園部 JRバス」で検索したのだが、何とトップに、西日本JRバスの「園福線の今後の運行と京丹波営業所の営業終了について」が出てきた。慌てて「園部と福知山のバスがどうなったのか」と調べたところ、2024年3月末をもって運行を終了とある。1939年から国鉄バスが走っていたらしい。85年の歴史に幕である。
代わりの運行はあるらしい。ただし園部側と福知山側に分離され、民間交通機関がバスを走らせている。路線は3つに分かれる。それらを合わせれば園部から福知山まで行けるのだが、真ん中の路線は福知山高校の分校を意識して設けられたようだ。
かつての山陰街道を走るJRバスが消滅した。JR山陰本線も園部で分断されており、特急以外は京都から福知山までを1本で結ばない(多分)。JR西日本のサービス低下が著しいと思う。福知山線の事故以前の問題だろう。それとも過疎の問題か。

2024/09/10


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