川北英隆のブログ

秋分の日の京都と入域料

朝、雨が降ったり止んだりだった。寒冷前線が通過するとかで、久しぶりに最高気温が30度に届かない。気象庁のサイトによると、今日の京都の最高気温は29.6度、8時25分に記録したとか。午後、雨が止んだので買い物に出かけた。通りは観光客で溢れている。
外人が多い。西洋人には英語でもフランス語でもドイツ語でもない言葉を話すのがいる。久しぶりに涼しいから、観光客も大喜びなのだろう。
しかし邪魔である。錦や四条というメインの通り以外でも、歩くのに苦労する。住人にとって害人でしかない。
最近、そんな外人には特別入国税を、交通機関には別料金をとの論調が高まっている。道路や鉄道などのインフラには日本人の税金が投入されている。だから当然、日本人のものである。
外人が少ない時には「空きがあるから、それをタダで使ってもらって問題なし」だった。それが今や空きがないどころか、人で溢れ、はみ出してしまうばかり。だから外人にタダで使ってもらっては困る。使用料を徴収してもバチは当たらない。その外人から徴収した料金はインフラの保全や増設に使えばいい。
海外の世界遺産を訪問すると、入域料を徴収されることが多い。日本も一緒であるべきだ。世界遺産でなくとも、ちゃんとした観光地であれば入域料を徴収していい。その入域料は日本人であっても外人であっても徴収すべきである。ただし外人には高目となる。
徴収した入域料は世界遺産や観光地の保全、管理人(レインジャー、案内人)もしくは清掃者の雇用に使えばいい。そうすれば域内が保全され、観光資源としての価値がますます高まるだろう。
観光に関しても、今の日本の行政は業者を向いている。観光での業者とは、運輸業者、ホテルなどの宿泊施設業者、土産物屋、寺社などである。「今が良ければ、人出が多くて儲かれば」とのスタンスが強い。この行政のスタンスを転換し、国民に向けさせなければならない。ここでの国民とは、観光資源の場合、将来の国民を含む。
業者を向いた観光をこのまま進めれば、10年後、20年後の観光資源は荒廃し、かつ何の変哲もないものになってしまうだろう。かつての日本の風景を知っている我々世代にとって、今の観光地は、どこに行っても差がなくなりつつある。その今の小さな差がますます縮小し、金太郎飴的観光地になってしまえば、旅行の面白味が消滅してしまう。
観光地の劣化を防ぐためにも、是非とも入域料を徴収すべきである。交通などのインフラを整えるためには、外人には特別料金を課すべきである。今日の買い物で、以上の感を強くした。

2024/09/22


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