霜山からは「分水界の径」に戻った。霧山を下った鞍部に分岐があり、分水界にあった分岐点のピークを巻くことができるので、ほんの少しだが楽である。この巻き道は整備されていた。
分水界の尾根に戻り、小さなピークを越すと、比較的大きな登りが待っていた。標高約260mの地点から急登すると、349mの独立標高点ピークに達する。途中、手前の木の間からピークが見えるのだが、なかなかの姿である。
このピークは権現山と呼ばれている。山頂は刈り払いされていて、東から南にかけての展望がある。権現山の南側は岩場混じりの急斜面らしく、ルートは尾根の西側を巻くように付けられている。下り切った地点で尾根と合流する。
その後、尾根のアップダウンは緩やかになる。横田山と呼ばれるなだらかな標高210m程度のピークに古墳の標識がある。そこから下り、少し登り直すと城山だった。ピークは展望台になっていて、その西端の林の中に三角点(197.8m、点名は石生)がある。城山もしくは霧山には、かつて氷上城があったとされる。
福知山線の電車の時間待ちを兼ね、城山からの展望を楽しんだ。南側には柏原の向山が大きい。北側には権現山と霧山が見えた。東側には千丈寺山から三日月山への稜線が見えていたが、残念ながら黒井の城山は向山に隠れている。
城山からは南東に下った。すぐに墓地の上に出る。そのまま稜線を歩くき、小さなピークを越えた。行者山と呼ばれている。ピークの西側に行者堂がある。東側に階段があり、それを下ると県道だった。
下りた地点には「日本一低い中央谷中分水界」の看板がある。標高95.45mだとか。分水界としては、海からの登り口付近を除くと一番低い地点ということだろう。
上の写真は石生の城山の山頂である。下は城山から見た石生の町と向山(左端)と清水山(右端)である。
2024/11/03