秋らしくなってきた。長かった今年の夏は運動不足だった。その帳尻を秋に合わそうというわけでもないのだが、ふと思い立ち、近場を歩くことにした。甲賀に歩いていない丘陵があり、地形図にはピーク名が2つ記されている。
伊賀や甲賀の地形は複雑である。低山や丘が続いている。今回の目標は、東海道五十三次の宿場町だった土山と水口のすぐ南側の丘、つまり甲賀の丘である。もう少し正確な位置関係を書けば北から順に、東海道、琵琶湖に注ぐ野洲川の大きな流れ、そして今回の甲賀の丘が並んでいる。
東海道本線の草津駅で草津線に乗り換え、寺庄駅で降りた。目指す丘は駅の北東、約4キロ先にある。250m前後の丘が東西に伸びている。
まずはその丘にある2つのピーク、愛宕山(250.0m)と長坂山(261.9m)を目指した。両方とも三角点があり、地形図上に山名が記されているから「ピーク」なのだが、周りと比べて特別高いわけでもない。後から調べて分かったのだが、この丘の中で一番高い地点は280mある。地形図上に名前はない。
まず愛宕山に登った。ピークの南側、佐治川沿いの村落である小佐治の集落からアプローチしたのだが、山頂部の手前が深い竹藪だった。小さな池もある。山頂部には祠があり、佐治城跡とされる。
山頂部のすぐ南側に車道がある。生活圏の中に組み込まれているから、やはり丘である。その車道を2.5キロほど歩くと長坂山に達する。こちらのピークは単なるコブに等しかった。というのも周囲には標高270m、280mのコブが複数ある。
長坂山から麓に下り、歩いてきた丘の北麓というか野洲川の左岸(南側)というか、そこに付けられた比較的大きな車道を水口の手前まで、約5キロ歩いた。その後、野洲川の右岸へ渡った。本当はもっと手前で川を渡り、旧東海道を歩きたかったのだが、大きな川なので橋が少ない。
右岸に渡るとすぐに旧東海道ながら、これといった痕跡はなかった。2キロ少し歩き、水口の町中に入った。さすがに東海道の痕跡が残っている。
少し市内を散策した後、南東に歩いて野洲川を渡り直し、愛宕山からの丘から続く(ただし途中、ゴルフ場や新興住宅街があり、分断されている)盆天山(245.8m)に立ち寄った。丘の南側が「みなくち子供の森」になっている。山頂へは少しだが、笹薮の中の踏み跡をたどった。その後、貴生川駅まで2キロ弱を歩いた。
寺庄駅を出たのが10時20分、貴生川駅に着いたのが15時25分だった。
上の写真は南側から見た愛宕山方面である。多分右奥がピークだと思うが、確証はない。下は今回歩いた愛宕山(右のこんもりとしたピーク)から長坂山(中央左の低く見えるピーク)へと続く丘陵である。遠くにうっすらと鈴鹿南端の峰が見える。
2024/11/07